珠洲カフェ【活動紹介】生きづらさと災害~能登半島地震を経て

スタッフ

今回は、令和6年1月1日に発生した能登半島地震で被災した自助グループ、珠洲カフェさんのイベントを取材してきました!

珠洲カフェさんは前回2020年に一度取材しており、当時参加されていた方はみなさん被災されました。

珠洲カフェは「ボランティアグループしおり」が運営し、生きづらさを感じている方の居場所として2019年にスタートしました。
発起人の一人でもあり精力的に県内の様々な集まりにも参加されている、精神保健福祉士で保健師でもある本間さんとそのお仲間で運営をされています。

能登半島地震前(2020年)の記事はこちら
会場の「すず椿」さんに飾られていたキリコの模型。

珠洲カフェ縁日~生きづらさを感じている方の居場所~

スタッフ

土日の2日間にわたって開催し、東京をはじめ各地から応援グループ(一般社団法人OSD、COMLY)が駆けつけイベントを開催していました!

小さいお子さんを連れた親子からおじいちゃん、おばあちゃん、若者など地元のいろんな方が訪れていました。
おもしろい取り組みではメタバースを使った集まりも企画され、ネット上での参加者もありました。

以前の会場だった場所も被災し、今回はいきがい活動センターをお借りして開催しました。

会場には縁日らしく輪投げや的当て、駄菓子釣り、たこ焼きやポップコーンなどちょっとしたお祭り気分になれるイベントスペースや、ワークショップに小物づくりなど、どなたでも楽しめるような企画が用意されていました。

メタバース体験や、オンラインブースなどは会場に直接来られない方も参加できるように用意され、だれでも参加できるように工夫もされていました。

個別の相談ブースもあり、学校のことや生活のこと、精神的な悩みから法律相談までできるように準備されていました。

千葉から珠洲へ、応援の保健師さんにお聞きしました

参加した両日とも、受付で愛想よく来場者に声掛けされている方がいらっしゃいました。
少しお話を聞くと千葉から期間限定ではありますが、移住して応援に入られているとのこと。

その保健師の林さんにいろんなお話を伺いました!

スタッフ

林さんは千葉から住み込んで応援に入られているそうですね?

思い切った決断だと思います。

なぜ千葉から引っ越してまで応援に入られているんですか?

林さん

自分が仕事とどう向き合っていくか考えていたときに能登半島で地震がありました。

東日本大震災のときに同じように応援に入った経験もあったので、能登半島地震は短期ではなくてしっかり関わって応援したいと思っていました。そのとき能登北部で保健師の募集があったので、タイミングが合ったなという感じです。

千葉から応援にきた保健師の林さん(左)と、珠洲カフェ主催の本間さん(右)。
スタッフ

保健師さんだと感染症対策も含め、非常に出番が多いと思います!

東日本大震災の経験から、何か活かせることはありましたか?

林さん

東日本大震災では、当事者同士のいろんなわだかまりを現場で見ました。

けれどそこに少し支援者が入ると、少し違うかなという経験もしました。

そうしたことも含め少しでも役に立ちたいなと思って来ています。

スタッフ

発災直後はいのちを守ることが優先されるので、もともと持っていた生きづらさや繋がりといった部分はどうしても優先順位が下がってしまうものだと思います。

孤立を防ぐ取り組みは色んな所でされていますが、能登半島全域が被害の中、孤立する方を一人残さず支援することの難しさはありますよね・・・。

林さん

広域災害では支援する側も被災しているということもあるので、支援者の苦しい場面も多く見てきました。

だからこそ支援にはいろんな人が関わることが大事だと思います!

遠くは関東からも、各地からこの縁日の応援に来ていらっしゃいました。

「ちきない」想い

スタッフ

千葉県から能登へ移住してみて、どんなことを感じましたか?

林さん

能登にはいろんな面があると思いました。同じ能登でも地域で全然違ったり。

それと「能登はやさしや土までも」というように、みなさん優しいですね。

話をしていても、相手の立場を考えて話をして、それを受け取った側も考えてから話をする、そんな感じがします。

スタッフ

土まで優しいというくらいですから、相手の立場をよく考えてお話しなさるんですかね。優しいのですがちょっと苦しい時もないのかなと心配になることもあります。

最近は、徐々に仮設住宅も増えてきて、避難所から個別の住宅へみなさん移られる方が増えてきていると思います。

何か次の課題が見えてきましたか?

林さん

もともと地域の繋がりがあるところなので、孤立しているということは逆に目立つところだったと思いますが、仮設住宅が増えることでそれが見えづらくなる。

地域ごとや仲のいいご近所さん同士で、希望通りの仮設住宅に必ず入れるということではないので、孤立というか孤独、生きづらさを抱える人はいると思います。

自宅にいらっしゃる方もご近所さんが減ったりすることで、よく「ちきない」という言葉も聞きます。

スタッフ

「ちきない」は能登の方言ですね!
疲れたとか、さみしいとか、そういった意味を持っていたかなと思います。今ではすっかり聞かなくなってしまった言葉かもしれません。

能登以外から応援に入られている方には、印象的な言葉かもしれませんね。

林さん

千葉から来たというと「旅の人」なのねと言われることがあります。その「旅の人」にも遠い旅、近い旅があって・・・。

でもその「旅の人」の役割があるなと思って。誰かと会うだけで喜んでもらえたりして。

支援したりされたりしながら、新たな関わりを作っていくことが必要だと思います。

支援者も多く参加したイベントで、支援者同士で繋がりお話ししている場面を多く見ました。
「NOTO REVIVAL」復興の想いを載せたTシャツ販売も。
たこ焼きやフルーツの入ったたこ焼き?の振る舞いもありました。

地震を経て、居場所を開くこと

スタッフ

2020年にお話を聞いたときは、まさか能登でここまでの地震が起こるとは思いませんでした。

もともと生きづらさを抱えている方はいたと思いますが、大きな地震によってさらに生きづらさが増しているんじゃないでしょうか。
開催できた意味も大きいと思います!

本間さん

一人で背負わずに、同じ悩みや生きづらさのことを集まって話しできただけでよかったです。

この縁日では相談ブースなどもあったので、専門家や詳しい人と話する機会になったと思います。

個別相談につながって、次に進む何かヒントになればいいなと。

スタッフ

本間さんご自身も被災され、いろいろな思いがあったと思いますが、開催されてみてどうでしたか??

本間さん

震災のことを少しでも忘れることができたかな。

誰かのためと言いながら、自分が癒されましたね。

様々な支援者が繋がる場にもなりました。
メタバース(仮想空間)ブースの準備中。
支援者が泊まった、実物大のキリコ絵と字の部屋。
実際に祭りで使われ、海にまで入ったキリコの絵が天井に。

生きづらさと災害

災害は突然でした。

ましてや元旦の夕方、親族が集まったり帰省する方も多くいた日の夕方。夜の宴会の準備をしていた人も多くいたかもしれません。新年を迎え、気分も新たにどんな一年にするか想いを馳せていた人が多くいたと思います。
元旦の地震は、最も災害が起こってほしくないタイミングだったかもしれません。

自然は「空気を読む」こともなく、人間の営みと関係なく災害はやってきました。


被災地では生きづらさを抱えている方が地震を経て、さらに追い込まれることもあったようです。避難するにあたっても大勢の人が集まる体育館に居られないということもあります。
生きづらさを日ごろ抱えているということは、災害においてもやはりひとつのハードルとなり、避難生活をさらに困難にさせます。

災害発生直後の緊急の場合においても避難できない、連絡できない、人と関わりたくない、そうした状況も見受けられました。

一方で、生きづらさは人間社会の中の出来事。自然の成すがままに待つだけでなく、こうしてできることを続けていくことで何かが少しずつ変わればいいと、この縁日に参加した方たちから感じました。

生きづらさは人それぞれ。何か一気に解決できる手だてがあるわけではありません。同じ出来事でも人によっては生きづらさと感じる方もいれば、耐え忍び受け流せる人もいます。それは生きづらさが一人一人の人生のストーリーと深くかかわっているからだと思います。だとすると、やはり「万能薬」は存在しないのかなと思います。

では私たちには何ができるのでしょうか。

それがこうした諦めずに手探りでもいいからアクションを起こしていくことなんだと、珠洲カフェさんたちの取り組みから感じました。

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この記事を書いた人

よりそうなかま インタビューチーム

「よりそうなかま」掲載団体有志による、インタビューチームです。
相互交流、情報発信を目的として「よりそうなかま」に掲載中の団体を取材して様々な視点でご紹介していきます。